古謡とは

古謡の定義は様々だが、ここでは沖縄県内各地で古くから歌われている神歌、儀礼歌、労働歌、遊戯・雑歌謡、わらべうたなどを総称して沖縄古謡と呼んでいる。

 

八重山の古謡   波照間 永吉

 

1.はじめに

千島の島々から台湾島へ向かって弓なりにつらなる島々。この島々の連なりを美しい花飾りとみたてて「花綵列島」と呼んだのは誰だっただろう。その南西の端、沖縄島・宮古島と台湾の間の海に散らばった八重山の島々。高い山のある石垣・西表・与那国・小浜島。そして隆起サンゴ礁で形成された低く平たい竹富・黒島・新城・鳩間・波照間の島々。今や国内有数の観光地として多くの人々が訪れ、その自然の美しさと豊かな文化を讃えられる島々―八重山。

しかしその島々は、かつて“まつろわぬ民”として尚真王によって討たれた歴史(オヤケアカハチの乱=1500年)を持つ。と同時に、豊かでありながら時には圧倒的に強大な力で襲いかかる自然にいたぶられる苦難の歴史を歩んできた。その歴史の過酷さを“八重山研究の父”喜舎場永珣は「オヤケアカハチの乱」「人頭税」「明和の大津波」「強制移住とマラリア禍」などのキーワードで表現しようとした。自然と政治の力によって翻弄される歴史と捉えたのである。

だが、八重山の人々はその困難の中から無上の美しいものを生み出した。神の前にひれ伏すだけでなく、神に対する敬虔な思いと真情を、厳かな中にも美しい歌として、麗しい舞踊として表現した。その芸能の美ゆえ“詩の島・歌の島”として讃えられ、島の人々はそれを誇りとし、今を生きる大切なエネルギーとしている。

 

2.八重山の古謡のジャンル

八重山の島々でうたわれてきた沢山の歌謡。その中には神事・祭事でうたわれる聖なる歌がある。アヨーやミシャグパーシィ(お神酒栄(は)やし)、ヤータカビ(家崇べ)そして神を讃える正月や豊年祭のジラバ・ユンタなどの神歌である。これらの歌の大部分は特定の時と場所と人を選び、部外者が口にすることは許されない。そのような厳格な決まりの中で息づいてきた歌が神歌である。これらの歌を耳にすると村人の敬虔な思いが胸に迫る。

このような神祭りの歌とは別に、人の誕生・結婚・成年祝いなどのハレの日にもまた沢山の歌や踊りが演じられた。始めは神事と同じに厳かに、そして後は晴れやかかつ賑やかに。時代が下がると三線や笛・太鼓も加わり、節歌がその場をより豊かにした。「アンパルぬみだがーまユンタ」にはかつての八重山の成年祝いの賑やかさがうたいこまれている。

そのようなハレの日の歌の一方で、日々の生活の場面でうたわれる沢山の歌があった。農耕その他の労働はユイ(結い)を組んでの共同労働が普通であったから、労働の場は即、歌の場でもあった。数多くのユンタ・ジラバがそこから誕生した。歌は労働になくてはならないものであった。単なる娯楽ではなかった。だから人々は工夫した。仕事の始まる午前にはゆるやかで心をあわせるのに適当な曲調と内容の歌が、午後の太陽に照らされ疲れで出て来るころには心を軽やかにする恋や性をテーマにした面白く楽しい歌が、そして一日の仕事を終えて帰路につくころには胸の思いを込めたゆったりとした歌が、選ばれた。

一日の労働が終わるともう夜である。かつての八重山の農民がどのように働いた(働かされた)かは、首里王府から出された「八重山島農務帳」などでみることができまる。日が昇る前に起きだし、星が出て田畑から上がるというものであった。だから人々は娯楽の時間など持つことは出来なかった。しかし、若者はいつの世も同じである。群れて遊びをなす。村の後ろの山でも遊ぶ(西表島網取部落「ウリチィ岳節」参照)、浜でも遊ぶ。王府は当然これも禁ずる(例えば「翁長八重山島規模帳」=1858年参照)。この時にも歌が出る、踊りが出る(これを舞踊化したのが「山崎ぬアブジャーマ」)。遊びの場は芸能の揺りかごである。こうしてまた沢山の歌が生まれ、踊りがはぐくまれた。

さて八重山の歌全体を大まかに分類してみよう。

【図1】

これらの歌が生活を彩っていたのである。

 

3.八重山の古謡の歌唱法

このような歌の現場は歌の歌い方(歌唱法)にも豊かな変化をもたらし、また美意識をも培った。南島歌謡の歌唱法には独唱法(一人で歌う)・斉唱法(皆で声を合わせて歌う)・復唱法(音頭取りの歌唱の後に他の者が同じに歌う)・分担歌唱法(甲乙の二者が一節の歌詞・囃子の一部分を固定的に分担して歌う)・交互歌唱法(歌詞・囃子の分担を一節ごとに交代して歌う)があるが、八重山の歌謡の特徴的なのは交互歌唱法が広範にみられることである。これがウティナン・シィサナン(曲調の上り下りの重なりの調和の美)という独特な美意識を生んだ。大正11年に八重山を訪れた東洋音楽研究科田辺尚雄は「世界で農民がコーラスでハーモニーを実現しえいるのはロシアと八重山だけだ」と賞賛した。これも実に、この労働の場と歌との幸せな結合の所産であった。

そして、このような豊かな歌謡の世界は歌の歌唱の評価にも独特な審美眼を生んだ。これをあらわすのがタノーリィということばがある。一般には器用さや上手なことを言うことばであるが、「ウタタノーリィ」と使われるときには単に歌が上手であるという以上の価値が込められている。歌に情感がこもっている、上手な節回しでその歌と歌い手の持ち味が一致していて見事であるなど、聞き手のいわく言いがたい評価・審美眼が表現されたことばである。ちなみに踊りについてもブドゥリィタノーリィという評言がある。

 

4.島々の伝承状況と八重山の古謡の将来

さて、八重山の歴史の中で生まれ、そして歌い継がれてきた歌はどのぐらいの数であろうか。それを具体的に示すことはほとんど不可能であるが、近代以降の状況を知る上で喜舎場永珣の『八重山古謡』(1970年)・『八重山民謡誌』(1967年)は唯一の資料であろう。『八重山古謡』目次に掲出された歌謡は全236篇(上巻93・下巻143。下巻536pの「ヤーラヨイ」が目次では欠落。なお他にも目次に掲載されない歌謡があり、実数は250篇前後になる)。『八重山民謡誌』には93篇。合計329篇(実数約340)の歌謡が歌われていたのがわかる。ただ、喜舎場のこの二つの本にはわらべうたや子守歌などは収録されていない。

これ以外の資料では、外間守善氏他編『南島歌謡大成Ⅳ 八重山篇』(1980年、角川書店)に1051篇の歌詞が収録されているが、これはさまざまな歌謡集に収載されたものをすべて集めた結果であるから、実数とはみなされない。もう一つ参考になるのが『日本民謡大観(奄美・沖縄)八重山諸島篇』(1989年、日本放送出版協会)で、387篇が収録されている。この中には43篇のわらべうた・子守歌が含まれている(喜舎場永珣の二冊の本と『日本民謡大観 八重山諸島篇』の数の違いはわらべ歌・子守歌によるとみられる。これを除くと『日本民謡大観 八重山諸島篇』の数も344となり両者の数は近づく)。この本はこれまでの歌謡集のほとんどが歌詞集であったのに対し、主に1970年代に現地録音した歌を東京芸術大学小泉文夫民族音楽学ゼミナールが五線譜に起こし、法政大学外間守善ゼミが歌詞を表記するという作業によって作られたものである。1970年代の八重山の歌謡状況を知る上では最良の文献である。

これらをもとにすると1970年代の八重山では約400曲ほどの歌が歌われていたことがわかるのであるが、さて、現在の伝承状況はどうであろうか。八重山の古謡の伝承状況は私たちの予想を超えていた。多くの歌が喜舎場や東京芸大によって採録されたあと、伝承の衰退と消滅の道を歩んでいたのである。このような変化は近年に起こったことではない。復帰をはさんで沖縄・八重山の社会と生産の構造はドラスティックに転換していったが、歌謡の伝承もこれに大きく左右されたのである。

その頃、八重山の各地において“古謡保存会”が結成され、失われようとする村の文化を守る運動が起こされた。新川古謡ユンタ保存会・字石垣ユンタ保存会・登野城ユンタ保存会・大川ユンタ保存会・大浜古謡同好会・宮良村古謡保存会・古見保存会・西表民俗芸能保存会・舟浮芸能保存会・竹富民俗芸能保存会・新城民俗芸能保存会などである。千立や波照間では公民館が古謡の保存にもかかわっている。川平のように村独自でCDを出した所もある。すべて、失われていく郷土の文化を愛惜する心からのことである。その営みは行政を動かし、石垣市では「民俗芸能大会」、竹富町では「古謡大会」が行われ『竹富町古謡集』(第1~5巻)も編集されてきている。

しかし、今回の事業で確認されたのは、これらの活動をもってしても古謡の衰退に大きな歯止めをかけるには至っていないということである。村固有の歌がうたわれなくなってきている。長い歌詞の歌は前半だけをうたい歌詞の全部を覚えている人がいなくなりつつある。昔の歌唱法ではうたえなくなっている。そして、八重山方言の独特なシィ・ジィ・ヂィ・リィなどの中舌母音を持つ歌詞の正確な発音が出来なくなっている、などなど。大小様々な問題が起きているのである。特に中下母音の発音の問題などは八重山方言消滅の危機と表裏をなすものである。古謡の母胎ともいうべき言語の消滅という大問題があるのである。八重山は今、大きな文化変化の局面にいたっているとうことである。

このような中にあって、古謡を伝承していくということは、八重山の歴史が生み育んできた貴重な文化遺産を次代へ継ぎ渡すことに他ならない。これをいかにしてなすか、その効果的なてだてはないのか。これが今われわれの当面する大きな問題である。

 

(沖縄古謡保存記録専門委員会委員長・沖縄県立芸術大学付属研究所教授)

 

2008年(公財)沖縄県文化振興会制作CD「沖縄の古謡 八重山諸島篇 上巻~石垣島~」ブックレットより

 

掲載協力:(公財)沖縄県文化振興会 文化芸術推進課